2017年9月15日金曜日

奈良西大寺展③(園證寺旧像の普賢菩薩)

奈良西大寺展は現在大阪会場がにぎわっているようだが、東京と山口での展
示が園證寺旧像の普賢菩薩だ。私があこがれている百毫寺の普賢菩薩に似ている平安時代の仏像だが、近年文化庁が文殊菩薩とセットで4憶5千万で購入した普賢菩薩だ。以前は生駒市の園證寺で拝することができたとのこと。国保有となって東京の展覧会でも鑑賞する機会を得られたのはうれしいことだが、反面雰囲気の良いお寺で拝観できないのは寂しい限りだ。大振りの髻を結い、腕前で合掌し座す姿で、条帛と天衣を掛け、裙を着ける。思ったより小さかったが、高く太い髻、両肩前に表され渦文、重厚な目鼻立ちで、量感溢れる仏像だった。最近国が購入したTV見物記でおなじみの額安寺の普賢菩薩も今年奈良博でお目にかかれなかったのでいつか拝したいと思う。

2017年9月9日土曜日

信州仏像巡り⑤(清水寺の聖観音)

松代の清水寺で最後に紹介したいのが、平安時代の聖観音だ。像高160センチ
あまりの桂在一木造りで千手観音・地蔵菩薩と同時期の造像で、信州における最古の木彫仏だ。頭部を左に傾け、左手を上にあげ、右手を垂れ、左の膝を軽く緩めて、右足を踏み出す像の姿に動きがあり、然も肩の張りが極めて大きく、胴部を強く締めたその肉どりにも特色がある。膝下の裳の衣文はいわゆる翻波式衣文で、平安時代初期の仏像の特色をはっきりと示している。私が注目したのは頭部の表現で、まるで帽子を被っているようにも見えた。三体それぞれ特色があるうえ、まだ修復されていなかったり、江戸時代の補色を取られていない仏像があり見どころが多いお寺だった。丁重にお礼をいい清水寺を後にして善光寺へ向かった。

2017年9月2日土曜日

快慶展③悲田院の阿弥陀如来

今年の春、奈良博で開催された「特別展快慶」に京都東山南方の地に伝わる
の悲田院の阿弥陀如来が出展されていた。事前に多摩美大の青木先生のコラムにお寺での阿弥陀如来の写真を見ていたので、光背なしの展示だったが化仏と蓮の花と思われるすばらしい荘厳に彩られた光背を想像しながら拝観した。この仏像は平成21年の京博他の調査で頭部前面に「安阿弥陀仏」の墨書が発見された新しい快慶仏で、髻を高く結い上げ肩を露わにしない通肩の姿で、鎌倉浄光明寺の阿弥陀如来のように本来は髻を覆うように宝冠を被っていた宝冠阿弥陀だろう。悲田院は泉涌寺の塔頭寺院で最近買った雑誌によると藤原氏が創建した法性寺の跡地に建てられた寺院で文献によると「法性寺安阿弥陀仏」とし快慶が記されておりも近くに居を構えていたという。藤原一門の信西入道とのかかわりもあり藤原一族のとの交流も指摘されている。いつか訪れる機会があれば是非とも光背で荘厳された阿弥陀如来を拝観したいものだ。

2017年8月26日土曜日

信州仏像巡り④(中善寺の薬師如来)

信州二日目は別所温泉にある国宝八角三重塔を観光し、塩田平を歩きとバス
で観光する予定だった。信州はこの日も朝から猛暑で行けどもお寺にには到着せず、頼みの「信州の鎌倉シャトルバス」も来る気配もなく塩田平交流センター「独鈷館」を見つけたので暑さから逃げるように中に入った。案内の方が親切にタクシーを呼んでくれて、上田駅に向かう前に中善寺に立ち寄れた。中善寺は塩田平の南側に峩々とした山容を見せる独鈷山の山麓にある。中善寺薬師堂は美しい阿弥陀堂形式の建物で、建物の屋根をそのままふきあげ、てっぺんに宝珠をのせる四角な台を乗せた「宝形造り」の屋根を冠した薬師堂の中に寄木造りの薬師如来がおられた。「独鈷館」で購入した塩田平のガイドによると「四天柱」という薬師堂の内部の4本の柱に囲まれて薬師如来がおられる珍しい形式の堂内となっている。円満な顔立ち、抑揚を抑えた体躯、整った衣文など、平安後期の定朝様の特徴を示している。ゆっくり拝観していたかったが、タクシーを待たせており、午後にお寺2か所を巡る予定なので早めにタクシーに戻り上田駅へと向かった。

2017年8月19日土曜日

信州仏像巡り③(清水寺の地蔵菩薩)

前回の善光寺御開帳時に長野県信濃美術館で開かれた「”いのり”のかたち」
展では多くの長野の仏像が展示されていたが、そのころは信州の仏像の素晴らしさに目覚めてなかったので、行かなかった。その後信州の仏像の写真集を見つけてそのレベルの高さに驚き、今回の訪問となった。今回紹介する地蔵菩薩は、「”いのり”のかたち」展には出展されていなかったがSNSで写真が載っており注目した仏像のひとつだ。地蔵菩薩は千手観音と同じく平安時代初期に製作された像高157センチの一木造りの仏像だ。お寺の方とも話したが、斜め横から表情が素晴らしくうっとりした。いかにも堂々たる量感、動きのある像容、そして彫り強い衣文の特色が見受けられる。正面の裳を大きな波の間に小波を二条はさむ、複雑な翻波式衣文で飾り、胸の肉身部と鮮やかなコントラストをみせている。お寺の方の説明によると平安時代の地蔵菩薩としては錫杖を握るお姿は珍しいとのこと。このお姿は鎌倉でよく見られる鎌倉時代の特色であり、鎌倉時代以前は右手をそっと垂らししている姿だった。清水寺の地蔵菩薩は右手に錫杖を握っており、造像当時から錫杖を持ったお姿であった可能性が高く、錫杖を持った地蔵菩薩像として、日本最古の像と云われている。清水寺にはこのような驚くべき仏像が人知れず祀られていたのに驚かされ、地蔵菩薩の前で動けなくなった。