2010年12月30日木曜日

法輪寺の十一面観音

法隆寺・中宮寺を拝観したあと、斑鳩を散策しながら古民家風の食堂で昼食をとってから法輪寺へ向かった。法輪寺は聖徳太子の御子・山背大兄王の発願の寺だ。境内は人気がなく静かなたたずまいだった。本堂の中は薄暗かったが、飛鳥時代のご本尊である薬師如来をはじめすばらしい仏たちが露出展示で居並んでおられた。ご本尊もすばらしいが、私が特に気に入ったのがこの平安時代に造られた十一面観音だ。あとで知ることになるが、この十一面観音はかの白洲正子が「十一面観音巡礼」で絶賛した仏だ。4メートル近い巨体は、正に「丈六」と呼ぶにふさわしい仏像で、お顔もふつうより男性的に造られ、全体からうける感じが力強い。私には目が大きくいわゆるギョロ目な観音様だと感じた。三重塔やこれらの仏たちの対面はこの旅行の中の忘れられない風景として深く私の心に残るだろう。

2010年12月28日火曜日

法隆寺の百済観音

奈良2日目の朝は法隆寺に向かった。西円堂の薬師如来(峰の薬師)を拝観してから金堂に向かった。すばらしい釈迦三尊を金網越しに拝ませていただいた。LEDの照明で少しはましになったが、やはり暗かった。百済観音堂に向かう。亀井勝一郎が訪れた戦前は金堂に橘夫人念持仏の横に安置され、私が修学旅行で出会ったとこにはお堂の隅に雑然と置かれていたが、近年百済観音堂が整備され、法隆寺の寺宝と共に博物館風のお堂のなかで見られるのがうれしい限りだ。「奈良の古寺と仏像展」でお会いした菩薩立像や夢違観音も展示されていたが、一番印象に残ったのはやはり百済観音だった。例の妙に細長い飛鳥時代の仏像である。顔と胴の長さがアンバランスなのがまたいい。ガラス越しだがそのすばらしさが十分感じられた。

2010年12月25日土曜日

薬師寺の薬師如来

奈良旅行1日目の最後は薬師寺に向かった。あの白鳳仏の傑作薬師三尊がある
寺だ。修学旅行の学生でごったがえす金堂に向かった。扉は開かれており、中の薬師三尊が見えている。近くに来てまず手を合わせ、じっくりと鑑賞した。テレビ番組「仏像大好」で事前に予習していたため鑑賞のポイントをしぼってじっくり拝んだ。まずは本尊の水かき。本尊の指のまたに粘液のようなものが表現されているのが、仏の相とされる水かきだ。足の裏の模様の仏の相のひとつだ。脇侍の日光・月光菩薩は2008年に開催された国宝薬師寺展でお会いしていたが、その際は光背をはずして展示されていたので背中の様子もよくわかったが、今回は光背をつけたお姿だ。台座も鑑賞ポイントだ。ギリシャの葡萄文様やペルシャの蓮華文様やらが混在したレリーフがある。中央の力神もユニークだ。感動に酔いしれていたいが、閉館時間も近いので講堂に向かった。

2010年12月23日木曜日

仏像クラブ活動報告(イケ仏)

東寺は弘法大師空海が開いた寺で、真言密教の曼荼羅世界を三次元で現した「立体曼荼羅」が有名。われわれは立体曼荼羅がある東寺講堂の中に入った。四方を四天王が固め脇を梵天・帝釈天が押さえ、右から五大菩薩・五智如来・五大明王と合計21体の仏像が並ぶ。その迫力に圧倒される。なかでもすばらしかったのは、象に乗った帝釈天だ。今風に言えばイケメンな仏(イケ仏)で若い女性に人気があるが、存在感がありすばらしかった。来年の夏このイケ仏が上野の東博で開催される「空海と密教美術展」に出展される。間近に見られるのがいまから楽しみだ。
国宝の四天王もすばらしく、なかでも平安時代に造られた持国天の迫力に圧倒された。そこでU案内人が「これが秘密荘厳心の世界です。」とぽつりと言った。講堂の外に出るとまさに桜が満開ですばらしい眺めだ。わたしのお目当ては「春の特別公開」が行われている宝物館の「兜跋毘沙門天」だったが、立体曼荼羅を見たあとでは拍子抜けしてたいした感動はなかった。東寺を出て京都駅で京都名物のおばんざいを食べながら、この仏像鑑賞旅行の感動を語り合い新幹線で帰路についた

2010年12月18日土曜日

唐招提寺の盧舎那仏

奈良1日目の午後は西ノ京の寺院めぐりだ。駅前で昼をすませ、まず唐招提寺に向かう。いわずと知れた「天平の甍」のお寺だ。平成の大修理を終え大屋根は天平の昔にもどったようだ。南大門からのながめがすばらしい。平成の大修理では仏像も修復されたという。千本ある千手観音の手もすべてはずしもとに付け直したという。金網はあったが、網目が大きいので見やすい。仏像がすぐ近くに見えた。まず中央に座る本尊盧舎那仏に目が行く。迫力に圧倒された。大きくどっしりとしているが、蓮華座の下部が細くくびれているので、重量感はあるのにふわりと軽く浮き上がるような印象だ。右に薬師如来、左に千手観音が立っている。双方5メートル以上はあろうか。本尊に負けず劣らずの大きさだ。三尊は造られた年代や技法が違い、奈良から平安にかけての仏像の変遷がわかり興味がつきない。奈良仏の本尊より薬師や千手にはどことなく色気を感じる。修学旅行の学生で込み合う喧騒の中、私は飽くことなくこの三尊に見入ってしまった。

2010年12月11日土曜日

特別展東大寺大仏(五劫院のアフロな仏)

東大寺大仏展の最後に展示されているのがこの五劫院の五劫思惟阿弥陀如来像だ。このアフロな仏見たさに今年の春奈良まで見に行ったが、お寺では厨子の中に展示され下から見上げるためそのお姿があまりよく拝めなかった。しかし今回は展覧会なのでじっくり近くから拝むことができた。五劫という長い時間を髪の毛の長さで表したためこのようなヘアスタイルになっている。この像は重源上人が中国から招来した仏像で、顔は大きく体は一個の塊のように見え、造形が大胆で日本の作風とかけはなれている。今年の夏に東大寺のアフロな仏を「奈良と古寺の仏像展」で見たが、東大寺のはおとなしく和様化している。中国色の強い特異な作例が東大寺の末寺に残るのは、重源周辺に中国風を積極的に受け入れる雰囲気があったという説がある。女性にも人気なこの仏が展覧会の最後をかざるのもなんとも心憎い演出である。

2010年12月4日土曜日

来迎寺の如意輪観音

本日は仏像クラブ今年最後の仏像鑑賞会だった。鎌倉は今紅葉の盛りで瑞泉寺の紅葉がすばらしかった。瑞泉寺を後と向かったのが、西御門の来迎寺だ。本堂の前のインターフォンを押して案内をお願いするシステムになっている。本堂右手が今回お目当ての如意輪観音だ。お寺の方の説明によると南北朝時代に製作されたとのこと。小首をかしげるポーズが悩ましい。六臂の手に輪宝・如意宝珠・羂索を持ち、仏像でありながら官能美を感じさせる。浄光明寺の宝冠阿弥陀と同じく土紋があり、鎌倉仏の影響を受けている。蓮華座も当時のものでとても美しい。如意輪観音の色気にあてられた仏像クラブ一同だった。

2010年12月1日水曜日

遷都1300年奈良現地レポート(大元帥明王)

今回の奈良旅行の目的のひとつが、遷都1300年記念特別開帳で仏像を多くみることであった。前から気になっていた仏像が秋篠寺の大元帥明王だ。目にしみるほど苔むす庭を歩き受け付けへ。紅葉に染まりつつある境内を抜けてまずは本堂に入る。中央に薬師如来・日光・月光が控えかわいい十二神将が脇をかためる。あの有名な伎芸天は左端におられた。何年か前に訪れ、写真をずっと部屋に飾っていた仏像だ。
やはり実物はすばらしく「東洋のミューズ」と言われるのもうなづける。今回は大元堂も拝観できるので、お寺の方に「だいげんすい明王はどちらですか。」と尋ねたら、「たいげん明王」といいますと厳しく訂正いただいた。大元堂の中に入るとその方はおられた。全身に蛇を巻きつけて明王像だがどことなくかわいらしい。とても魅力ある仏像だった。じっくり見てから次の目的地西ノ京に向かった。

2010年11月27日土曜日

遷都1300年奈良現地レポート(安倍文殊院)

最終日にタクシーを予約してあったので、まず安倍文殊院に向かった。受付で拝観料を払い別室でまずお茶をごちそうになった。菓子も用意されて一服いただくと、いざ文殊様に会いに行った。文殊院は本堂の奥がそのまま宝物館になっているというベストな構造で目の前に遷都1300年の特別開帳のときだけの獅子から降りた文殊様がいらっしゃた。獅子からおろしたため光背ははずされている文殊様だが、間近に見え快慶の力量を感じられた。右手に宝剣、左手に蓮を持ち、慈悲と力を併せ持つエキゾチックなお姿だ。1日目に西大寺の文殊菩薩を見ている私にとって安倍文殊院の文殊様の大きさを余計に感じる。獅子にのると7メートルになるという。連れにこの文殊様は渡海文殊と呼ばれ、獅子のたづなを引くのは優填王。前を行くのは善財童子で後ろを振り向いているのはちょうど文殊様に呼ばれた一瞬を捉えている旨説明した。テレビ見仏記で予習した成果を発揮したのである。横で聞いていたタクシーの運ちゃんが後から「前から疑問に思っていましたが、今日は勉強になりました。」と礼を言われたが恥ずかしかった。感動の余韻に浸りながらわれわれは次の目的地聖林寺に向かった。

2010年11月23日火曜日

特別展東大寺大仏(快慶作阿弥陀如来)

本日特別展東大寺大仏を再訪した。今回はU案内人との訪問となった。誕生仏や音声菩薩はいつもながらすばらしかったが、今回U案内人が特に注目したのは快慶の阿弥陀如来立像だ。運慶と金剛力士像を制作したころに重源上人の求めに応じて造られた仏像だ。U案内人は一言「快慶の仏像はきれいだ」と盛んに感動した様子だった。特に衣紋が全体にバランスがとれ、繊細な美しさをみせている。隣には同じく快慶作の地蔵菩薩立像が展示されており同じく美しかった。帰りにとんかつ屋に寄って、とんかつを食べながら、今見てきた快慶の美仏について熱く語り合った。

2010年11月20日土曜日

遷都1300年奈良現地レポート(ハリウッドテンプル)

奈良旅行最終日の最後のお寺はハリウッド(聖林)寺だ。寺は狭い坂の途中にあり、しばらくすると小さな門があった。本堂には大きな地蔵があり脇のガラスケースにも、南北朝時代の味のある毘沙門天や阿弥陀三尊があり見逃せない。左手の廊下を上がると目的の十一面がある。収蔵庫の入り口からあの憧れの十一面観音が見えた。遠目からでも美しいそのお姿はガラスケースごしだが素晴らしかった。普通のお寺より照明が明るいため,お姿がはっきり見えるのがまたよかった。肉厚な胸の下が突然細くなり全体的にはスレンダーな仏だ。金箔が細かくひび割れた顔を仰ぐ。威厳に満ちた男性的な面差しの頭上に十の仏面をいただく。私はその場に座り込み飽きることなく観音像を眺めていた。

2010年11月13日土曜日

遷都1300年奈良現地レポート(飛鳥の微笑み)

今日は法隆寺を見てから中宮寺に参拝した。以前法隆寺に参拝したとき夢殿が御開帳していなかったので、足を運んでいなかったお寺だ!聖徳太子創建の7ケ寺の一つで尼寺らしく清楚な佇まいだ。本堂に座すのは『飛鳥の微笑み』と呼ばれる笑みをたたえた菩薩半か像だ。網ごしの仏像に飽き飽きしていたところ、いきなりガラスも網もなく仏像と相対したのはよかった。アルカイックスマイルの微笑みが印象的な仏にいつまでも見惚れてしまった。

2010年11月12日金曜日

遷都1300年奈良現地レポート(唐招提寺の千手観音)

今日から二泊3日の予定で奈良を訪れている。今日は西大寺と秋篠寺を訪れ、午後から西ノ京の唐招提寺を訪れてた。修学旅行の学生でごった返す境内を平成の大修理が昨年終わったばかりの金堂に向かう。お堂の中には三体の仏様がいらっしゃった。中でも千手観音は圧巻た。ほぼ千の大小の手を持ち、大きな手にはすべて持仏を持つ。天平の傑作に圧倒され薬師寺に向かった。

2010年11月6日土曜日

特別展薬師如来と十二神将(慶派の薬師如来)

鎌倉国宝館で開催されている特別展では、十二神将ばかりでなく薬師如来の名仏も出展されている。今年は寅年は薬師如来の十二年に一度の御開帳の年にあたり各地の秘仏が見られる。出展作品のなかで特に私とU案内人が注目した仏像は東漸寺の薬師如来だ。この仏像の製作年代ははっきりしないが、仏像クラブで訪れた浄楽寺の運慶作阿弥陀如来坐像に作風がにており、図録によると運慶に近い仏師による制作であると書かれている。また紙際線をわずかに波打たせたところなど、興福寺北円堂の弥勒如来に通じるところもあるという。U案内人も何かを感じたのか、「運慶の作品と見た」とひとりつぶやいていた。私も同感である。この仏像に運慶壮年期の鎌倉での活躍に思いをはせるのは私たちだけだろうか。二人はしばらくこの薬師如来に時間もたつのも忘れて見入っていた。

2010年11月2日火曜日

特別展東大寺大仏(西大門勅額)



特別展東大寺大仏は4部構成になっているが、1部の部屋は瓦の展示が多く少々あきてきたとき、突然目の前に現れたのがこの西大門勅額だ。額に刻まれてる「金光明四天王護国之寺」の字は聖武天皇の筆によるという。光明皇后1250年御遠忌記念で開催された本展にはそこかしこに聖武天皇・光明皇后ゆかりの作品が展示されている。額には上から梵天・帝釈天・四天王・金剛力士の八体の仏像をつける。


上から6対は鎌倉時代の後補で快慶の作という説がある。下の金剛力士は奈良時代と考えられ、違いが比較できておもしろい。それぞれ79.2センチと1メートルを満たない小像だが、八体もついているので額の大きさが察せられる秀作である。

2010年11月1日月曜日

丹沢大日堂の大日如来

昨日秦野の大日堂が御開帳初日のため早速仏像クラブで出かけた。当初は伊勢原の日向薬師を参拝する予定だったが、行って見ると人手不足で宝物館が開けてもらえなかった。大日堂の御開帳が初日であることを思い出した私は、U案内人と相談して急遽近くの秦野市にある大日堂に向かった。大日堂は大山詣での登山口のひとつに蓑毛口に立つ。ボランティアの仁王門の説明を聞いて本堂へ向かう。堂内には中央に大日如来・右から宝生・阿閦・釈迦・阿弥陀と五智如来すべてが平安時代の作だというから驚きだ。U案内人が気がついたが、大日如来には宝冠がなく宝髻がむき出しになっている。ジブリアニメの宮崎監督も今年9月に訪れたという。将来大日堂や大山詣でを題材にした作品が見られるのだろうか。期待したい。ここには江戸時代製作の十王もあり見ごたえがあった。

2010年10月30日土曜日

特別展薬師如来と十二神将(北条義時を救った戌神)

覚園寺戌神


辻薬師堂の戌神
 本展で私が注目した作品は戌神だ。運慶が製作したという記録がある大倉薬師堂の十二神将は現存しないが、本展に出展されている鎌倉国宝館所蔵辻薬師堂の十二神将はそれを写したと言われている。また大倉薬師堂を寺に改めた覚園寺のものもその復興像だという。
3代将軍実朝暗殺の際、太刀持ちとして付き従うはずだったが北条義時が大倉薬師堂の戌神の夢のお告げに従い、直前になって予定をとりやめて難を逃れたという。はたして義時の夢枕に立った戌神に近いのはどちらの像であろうか。U案内人は辻薬師堂の戌神が近いのではないかと言っていたが、私もそう思う。二人で運慶の十二神将について熱く語った。

2010年10月23日土曜日

特別展東大寺大仏(音声菩薩)

本展の目玉は東大寺大仏殿前の八角燈籠だ。羽目板には音声菩薩のレリーフがありみごとだ。奈良時代に作られた本作は、羽目板に音声菩薩がそれぞれ違う楽器を演奏しているレリーフのひとつで、昭和37年に盗難にあい翌日発見されその後、別途保存されていたため創建当時の姿を見られるのが魅力的だ。八角燈籠の火袋に取り付けれれる羽目板四面のうちかつて東北面にはめられた一面である。しばし音声菩薩の姿に見とれてその場に立ち竦んだ。

2010年10月16日土曜日

特別展薬師如来と十二神将(辻薬師堂)

本日から鎌倉国宝館で「特別展薬師如来と十二神将」が開催された。U案内人と8時半に鎌倉で待ち合わせ早速でかけた。今回は鎌倉国宝館所蔵辻薬師堂の薬師三尊及び十二神将の十四年の歳月をかけた修復が完成したことを記念して、関東近辺の薬師如来・十二神将を一堂に会した展覧会だ。会場の真中に辻薬師堂の仏像たちがでんと鎮座する。薬師如来と日光・月光菩薩が壇上にあり、それを十二神将がずらりと囲む。鎌倉時代製作の像が8体残りは江戸時代の修造のものだ。江戸時代の像は黒光りして真新しい感じがした。U案内人の話ではこの辻薬師堂像も大倉薬師堂にあった運慶の十二神将から影響を受け作られたのだろう。そして関東近辺の十二神将も製作されたという。それぞれの十二神将を比較した写真が展示されていたのでよくわかった。その他、覚園寺や宝城坊の十二神将も展示されておりユニークな展覧会で楽しめた。

2010年10月12日火曜日

特別展東大寺大仏(誕生仏)

昨日、「特別展東大寺大仏 天平の至宝」を見に東京国立博物館行った。夏のような秋晴れの日だったが、会場は思ったより空いていてゆっくり見ることができた。展覧会のポスターにもなっている誕生仏に出会った。釈迦が生まれたとき「天上天下唯我独尊」と告げたとの伝えられるポーズの仏像だ。毎年4月8日のお釈迦様の誕生を祝う花祭りで誕生仏と灌仏盤を設置して香水(甘茶)を濯ぐ法会がとり行われる。誕生仏の表情は笑みを浮かべておりかわいらしい。灌仏盤は香水を受けるためのものだが、その表面にも獅子・麒麟などの模様が刻まれているのには驚いた。それぞれの模様にライトをあてる照明方法で露出展示のためとても見やすかった。会場には誕生仏のフィギアが販売されており女性に人気の高い仏像だ。昨日までは1階ラウンジで花御堂の中のレプリカの誕生仏に花祭り体験で誰でも甘茶をかけることが出来るようなイベントも行われていたので参加した。図録に御朱印をいただけなっかたのが残念だったが楽しめて大満足な展覧会だった。

2010年10月10日日曜日

仏像クラブ活動報告(観心寺の如意輪観音)

平成21年の春、一年に一度4月17・18日にしか御開帳されない大阪南河内観心寺の「如意輪観音」に会いに0泊2日の弾丸ツアーで向かった。大阪駅に7時前につき朝食をすませてから南海電車で河内長野に向かった。河内長野で降りバスで観心寺に向かう。観心寺につき山門をくぐると思ったより大きな寺で庭も開放感があり、そこかしこに拝殿など赴きのある建物があり寺伝では弘法大師のゆかりの寺院だという。目指すは「如意輪観音」なので奥の金堂へ向かった。御開帳日とあって善男善女が多く拝観にきており、お寺の僧侶も人の多さに辟易した様子だが御開帳日であり仏像の説明が始まるところだった。

本尊は秘仏で如意輪観音。平安時代に造られた仏像で国宝に指定されている。人が多く近くで見えないため遠慮がちに双眼鏡で覗いた。豊満な肉体、エキゾチックな顔立ち、像全体に施された華麗な彩色文様。ミステリアスで官能的な雰囲気をもつこの像は、平安時代前期の密教彫刻の中でも特に傑出した出来栄えを示し六臂(ろつぴ)の如意輪観音の最古の作例として名高い。色がよく残っているため色気さえ感じる仏だ。次の説明が始まり大勢の参拝客がこられているので、立ち去りがたい気持ちを抑えつつ次の目的地の藤井寺に向かった。

2010年10月3日日曜日

仏像クラブ活動報告(一目惚れした弥勒菩薩)

平成20年春に京都太秦広隆寺を訪れた。国宝第一号の弥勒菩薩に会うの
が目的だ。新霊宝殿に入る。広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟(ハンカシユイ)像に出会った瞬間、私は不思議な感覚に落ちた。あまりの美しさに眼を奪われ心揺さぶられる感覚に陥入った。俗に言えば弥勒様に一目惚れしてしまった。少年のころのような甘くて切ない感覚がよみがえったようだ。まさに心の一仏との出会いだった。弥勒菩薩像は顔立ちから指の先まで繊細でとても美しい仏だ。吊り目の鋭さを消しているのは、奥ゆかしく伏せた顔。端を軽く上げた唇は微笑みをみせている。新霊宝殿は昭和57年に完成した建物であるため、余計なガラスケースもなく仏像と正座して対面できるようなスペースを設けられている。それがまた弥勒菩薩と私の距離を近くしたようだ。新霊宝館を出るとU案内人は講堂にもいい仏があると言って向かったが、あいにく閉まっていて隙間から拝観した。後で写真集で調べてみると、国宝阿弥陀如来坐像(平安時代作)が安置されていた。立ち去りがたい思いを胸に広隆寺を出てその日の宿に向かった。

2010年9月23日木曜日

仏像クラブ活動報告(円成寺大日如来)

平成20年仏像好きなKさんと、奈良の寺めぐりをした。旅行3日目はタクシーで柳生街道を東へ30分ほど行った山あいの真言宗名刹・忍辱山(にんにくせん)円成寺に向かった。平成になってから再建された多宝塔の本尊として祀られているのが、運慶の現存する最初の作品《大日如来坐像》だ。円成寺は浄土式庭園の寺で奈良中心部より紅葉が進みいまが盛りだ。多宝塔のガラス越しに運慶の大日如来を見る。座っていても十頭身の見事なプロポーションなのはわかった。あちこち剝落しているが、非の打ち所がない顔の作りも、無駄のない細身の肉体も健在で、大日ならではの印を結ぶ指は少年のようにしなやかだ。特に気に入ったのが高々と結い上げられた髻(もとどり)だ。髪筋の彫りのみごとさは運慶ならではのもの。鑿(のみ)をあやつる天才的な力と、みずみずしい感性にあふれている。感動の余韻に浸りながら二人は奈良へ戻り帰路についた。

2010年9月18日土曜日

仏像クラブ活動報告(東大寺法華堂)

平成20年秋、紅葉が色づきはじめた大仏殿の裏道を登りながら二月堂・法華堂のある広場に向かう。法華堂のうす暗い堂内に十数体の天平仏が居並ぶ。湿気の多い堂内が不思議な感覚を与えた。土っぽい色の仏像たちは、もわりとこちらを包むような力を持っていた。その中で唯一かすかに光るのが、真ん中に位置する不空羂索観音菩薩像だ。ひたいに第三の目を持ちこちらを突き放すようにたっている。脇を日光・月光菩薩が固めておりこちらも秀作だ。日光像は大袖衣の上に袈裟を着け、片側に流れる動きのある衣文をつくるのに対し、月光像は襟の小さな大袖衣を着け、左右対称に腰帯を垂らす。両像は、指先だけを接して合掌し直立する共通のポーズをとるが、着物の形を変化させて、日光の動と月光の静とが巧みに対照される。法華堂の諸仏が3メートル以上あるため、日光・月光菩薩が小さく見えたが、あとで調べたら像高2メートルとのこと。お寺の説明を畳にすわって伺った。15分ほどかけゆっくり説明が聞けてラッキーだった。入江泰吉の東大寺仏像大版写真が1500円で売っていたいたので購入し、その日の宿に向かった。

2010年9月11日土曜日

奈良で生身の釈迦に出会う

昨年の7月、奈良国立博物館で「聖地寧波(ニンポー)展」が開催され京都清涼寺の「釈迦如来」が出展されというので、一人日帰り弾丸ツアーで見に行った。お寺では年2回遠くから拝めるが、真近に拝観できる機会はめったにないとのことで早速奈良に向かった。奈良国立博物館はすいていて会場には中世中国の交易都市寧波に関連する仏画が中心であったが、奥に清涼寺の釈迦如来がおられた。国宝である釈迦如来はインドから中国にもたらされた仏像を日本人僧が中国の工人に正確に摸刻させたという。本尊のお顔はひげを生やし、どこかインド的な顔だちだ。卵形の顔や縄目状の頭髪も印象的だ。この仏像には五臓六腑(内臓)も体内に納められており、模型が展示されていた。「聖地寧波(ニンポー)展」では他に京都泉涌寺の楊貴妃観音などが間近に見られ、充実した奈良の展覧会だった。

2010年9月4日土曜日

横浜金沢文庫の仏像

今日、この猛暑の中横浜市金沢の称名寺に仏像クラブで行って来た。称名寺の門前にこの暑いさなか無料のボランティアガイドの方がおられ、早速ガイドを頼むこととなった。温厚そうな紳士のガイドさんに鎌倉時代の仁王やその後再建された仁王門の象やバクの話を熱心に説明してもらった。浄土式庭園に梵字の形の池があり、最近橋を新しく当時のままに復元されとのこと。猛暑の中しばし鎌倉のもののふに思いをはせた。称名寺には由緒ある金沢文庫が併設されており、「仏像のみかた」の展覧会が行われており、称名寺に伝わる貴重な仏像を鑑賞できるとのこと。私が特に目を見張ったのは重文の十一面観音菩薩立像だ。いい味を出している古仏で、うつむき加減の静かで女性的な面立ちと複雑な波状の衣表現には、中国・宋代絵画の影響がうかがわれる。頭上には、衆生の苦しみを救い、悪を睨み、修行者を励ます様々な表情の仏が表され、観音菩薩の慈悲と智慧の働きの大きさを示す。

金沢文庫には奈良国立博物館で見た秘仏弥勒菩薩立像や平成になって発見された運慶の大威徳明王などまだまだ名仏があり、また再訪したいとU案内人と語り合った。

2010年9月1日水曜日

伽楼羅(カルラ)様


平成20年U案内人と京都を旅行した。京都に来て二日目の朝、まず三十三間堂へ向かう。有名な千体千手観音立像や二十八部衆は修学旅行で何度も見ているが、改めて仏像に興味を持ってから見るのとは大違いだ。見るすべてが国宝なのにもうなずける秀作像がそろっている我々は言葉を失った。千手観音たちの前に、二十八部衆が立っていた。「見仏記」によると以前は四天王と風神、雷神を残して、すべて裏側の外陣に置かれていたが、数年前から創建当時の配置に戻されたとのこと。多くの美仏がありすぎて、ひとつと限定できないがあえて言うならば、「伽楼羅王像」か。後で知ることになるのだが、小生が子供のころ愛読したマンガ「ゲゲゲの鬼太郎」にこの、「伽楼羅王像」そっくりの神様が牛鬼になった鬼太郎を笛の音で元に戻すシーンが描かれている。運慶・快慶の弟子たちの作と思われるが、右足を上げて拍子をとるさまから笛の音まで感じさせる秀作だ。二人は感動の余韻に浸りながら次の目的地東寺へと向かった。

2010年8月28日土曜日

上野で運慶大日如来に出会う

本日上野の東京国立博物館(東博)にこの猛暑の中運慶の大日如来を見に行った。あのニューヨ-クのオークションに出されて話題になった仏像だ。東博の本館の12室に二体の運慶の大日如来が9月12日まで特集陳列されているとのことで、U案内人と出かけた。東博の11室にも仏像関連の展示がされており、菩薩立像などすばらしい作品に二人とも興奮気味だった。いよいよ12室の大日如来に胸の高まりを抑えつつ向かった。大日如来像は像高61.6センチで髻が以前見た浄楽寺の脇侍に感じが似ている。豊かなボリューム感のうちに、きつく結い上げられた髪の毛の質感まで感じられる。部屋のなかの小冊子にちょうど浄楽寺の脇侍の髻の写真がありU案内人は興奮しながら見比べていた。ふたりで玉眼の視線を探すため、大日如来の前でかがみこみ表情の移ろいを眺めていた。展示ケースからの鑑賞のためよく解らなかったが、結跏趺坐したふくよかな足の裏やふくらはぎは指で押したらへこみそうな質感が表現されている。そのあと二体目の運慶の大日如来である光得寺の大日如来を見てその場を後にした。お昼にうなぎ屋に寄り運慶話に盛り上がり帰路についた。

2010年8月20日金曜日

願成就院

平成20年7月に伊豆の願成就院を訪問した。法要が終わり、拝観料を払いお堂の中に入る。中央に阿弥陀如来坐像、右に毘沙門天立像、左に不動明王立像と制吨迦童子立像と矜羯羅童子立像が居られた。自然に合掌できた。阿弥陀如来は、損傷が激しいが、これぞ仏像ニューウェィヴといえる。気流のように渦巻く衣文は平安後期の仏像にない過激な表現だ。
運慶作の脇侍(観音・勢至菩薩か)があったとのことだが今は失われている。向かって右の毘沙門天は写真で見るよりは小さかったが、いかにも強そうで、それは運慶が出会った東国武士たちの、理想化されたお姿だ。左手に宝塔をかかげ、右手に戟を執り、右脚をやや開き気味に立つ毘沙門天。おっとりと構えた平安後期の多くの毘沙門天と異なり、戦闘体勢をとっているかのような緊張感に溢れている。私が注目したのは、毘沙門天のお顔だ。ギョッロットした眼でこちらを睨みつけ、おそらく運慶が接した多くの東国武士の面影が投影されている。向かって左の不動明王と制吨迦童子立像・矜羯羅童子立像だ。不動明王は剣も羂索も胸の高さまであげ、それによって制吨迦童子・矜羯羅童子のいる空間が生きてくる運慶の計算された技法だ。矜羯羅童子はテレビでフィギアースケートの真央ちゃんに似ていると言っていたが、どこかにいそうな子供のあどけない表情が印象的だ。逆に制吨迦童子は今にも走り出しそうな元気な子に見えた。この二童子の製作が後に高野山の八大童子につながっている。運慶は奈良の円成寺のあと10年後にこの諸像を作るのだが、円成寺の大日如来よりずっと運慶らしく、ここで運慶なるものが始めて生まれたのではないかと、願成就院から帰る道すがらU案内人と語りあった。



2010年8月10日火曜日

あいたた観音


兵庫県加古川の鶴林寺に参拝した。鶴林寺は播磨の法隆寺と呼ばれ聖徳太子の立像もあるという。境内には三重塔や見事な鐘楼があり、太子堂やら常行堂などが立ち並んでいた。本尊は薬師如来だが秘仏であり平成9年にご開帳があり、この次は65年後とのこと残念であった。TV見仏記で紹介されていた「ウインクする十二神将」が新薬師堂にあるというので先に見ることにした。目指す「あいたた観音」は宝物館にあるので入館した。宝物館には釈迦坐像、獅子乗り文殊、像乗り普賢があった。わざとすぐ「あいたた観音」のある部屋には行かず盛り上がったところで向かった。「あいたた観音」は盗み出して溶かそうとした泥棒に「あいたた」と言ったそうで、その人間離れした美しい容姿からは想像出来ない庶民性を帯びている。白鳳期の金銅仏は八頭身の細身でありながら頬はふっくらと張り、唇の端をゆったりと上げてたおやかに微笑んでいる。太子堂の壁画のことを係りの女性に聞くと見られないが五木寛之の「百寺巡礼」ビデオで見れると親切にその場で上映してくれた。「あいたた観音」の微笑みを目に刻んで、鶴林寺をあとにした。

Posted by Picasa

摂津の美女丸伝説に彩られたお寺


昨日攝津川西市の満願寺を訪れた。見仏記で紹介されていたお寺で団子鼻の薬師如来やモアイ像のような聖観音がおられるとのこと。この満願寺は奈良時代創建だが、多田源氏ゆかりの地で美女丸伝説が残されている。
ご本尊の千手観音は秘仏で年1回しかみれないので、本堂に案内の方にあけていただき中に入った。中は薄暗く明かりも控えめなため、目が暗さになれるまでしばらく待つ。中央には本尊がおられるが、厨子が閉じられていてお前立ちが安置されていた。右手の仏像に近づくと薬師如来が居られた。暗がりの中目を凝らしてみるとたしかに団子鼻だ。私の興奮のボルテージがいっきにあがった。よく見ると厨子の周りに置かれている四天王も目がやたらに大きい。
例のモアイ像はどこにと案内の礼儀正しい男性に尋ねるわけにもいかず、パンフレットの写真の毘沙門天の安置場所を聞いた。案内の方がこちらへどうぞと毘沙門堂の中に招きいれていただいた。これまた薄暗く毘沙門天のお顔もよく判別できない。右手に進むと例のモアイの聖観音は居られた。左手に蓮華を持たれる立ち姿は優美だがやはり少し顔が大きいように見えた。あとで買った図録を見るとモアイには見えないが薄暗い堂内の効果かもしれない。図録には千手観音の写真も載っており、いつか友人とご開帳のおり訪ねたいと思った。

2010年8月8日日曜日

仏像クラブ現地レポート播磨編②


兵庫県小野市の浄土寺に参拝した。西日が差す頃が一番よいと言われるが、
日程の関係で昼前の訪問となった。神社もある神仏習合の境内は、のんびりと静かでおもしろい顔の狛犬があったので写真に収めた。お堂に入ると私は言葉を失った。5メートルの丈六阿弥陀如来に圧倒された。快慶の国宝だが、観音・勢姿と三尊が残っているのは奇跡的だ。どれも完璧なプロポーションで、しかもアニメ世代にさえ通じるようなヒーローの顔をしている。鎌倉仏師の技の粋がそこにあった。しばし呆然と立ちすくんだ。雲の表現も素晴らしく、飛行機の窓から風に吹かれる雲を見ているかのごとく、それは三尊の足下から噴きあがっていた。来迎の状態を一瞬に、そして永遠にとどめようとした快慶の力量を感じた。私は腰が抜けてしまい、その場に座り込み飽くことなく阿弥陀三尊を見つめていた。しばらく座っていると曇りがちな空に日が差してきたのか堂内が明るくなってきた。光の加減で阿弥陀たちがかすかに動くように感じた。巨大な仏像の背後には細かい格子戸があり、そこから日の光が差すことによりそう感じる。すごい仕掛けだ。私は時間を忘れて阿弥陀の世界に没頭した。

2010年8月7日土曜日

仏像クラブ現地レポ播磨編①

今日は兵庫県姫路の円教寺と大子町の斑鳩寺を参拝した。うだるような暑さの中ロープウェイで書写山に上がり山道の参道を登りやっと大講堂についたが、本尊の釈迦三尊は格子の隙間からほのかに見えるだけで秘仏であり外陣からの参拝だった。気を取り直して午後は斑鳩寺に向かった。聖徳太子ゆかりのお寺で、仁王門の仁王が顔が大きくユーモラスだ。案内のご婦人に収蔵庫を開けてもらうと中には鎌倉時代の仏像がところせましとおいてあった。日光月光菩薩と十二神将は鎌倉時代後期の作で、快慶一門の作風に通じるところがあると見た。日光・月光はまとまりのある体と巧みな衣の表現が特徴的だ。明日はアイタタ観音と快慶の阿弥陀三尊だが晴れることを期待している。

2010年8月6日金曜日

山田寺の仏頭

奈良興福寺にある山田寺の仏頭は私の好きな仏像のひとつである。白鳳期の名作であり、山田寺から半ば強引に興福寺に移され現在国宝館に安置されている。目鼻立ちが涼しく、蘇我と藤原の確執を知らぬ顔の大らかなお顔だ。

2010年8月5日木曜日

携帯テスト


携帯からの投稿テスト
--
***************************************************************
 
山崎 陽一
 
***************************************************************
 

2010年8月3日火曜日

奈良の古寺と仏像展⑤(如意輪の色気)


元興寺の如意輪観音は鎌倉時代に造られた仏像だがなんとも色気がある。高く結い上げた髻(もとどり)には 丁寧に髪筋を刻み、俯きかげんに少し下を向いた顔には、切れ長な目やくっきり引き締まった鼻や口元に気品が漂う。昨年大阪河内で会った如意輪観音にほ遠く及ばないが、気品と色気を感じる仏だった。奈良に何度も訪れていても、近鉄奈良駅から近い元興寺にはつい足を運ばなかった。いつか訪れて再会したいものだ。

2010年8月1日日曜日

仏像クラブ活動報告(北鎌倉のセーラムーン)


平成21年の初春に仏像クラブで北鎌倉を訪れた。まず最初に訪れたのは「縁切り寺」で有名な東慶寺だ。お目当ては「水月観音半跏像」だ。像高わずか34cmの観音様だが、普段は水月堂の円窓の中に祀られており、予約しないと拝観できない。今回は特別展が開かれており松ヶ岡宝蔵でお目にかかれるとのこと。鎌倉一の美仏といわれており、優美に座すお姿を拝するだけで心が洗われる。アニメのセーラムーンのような飾りを宝冠からおろしているのがなんともほほえましい。特別展が開催されない紅葉の時期にでも円窓にいらっしゃる観音様にまた会いに行きたいと思った。


大きな地図で見る

奈良の古寺と仏像展④(4人揃い踏み)


西大寺の塔本四仏像が揃って見られるのは20年ぶりだという。私も昨年の夏西大寺を訪れたが、あの四天王の邪鬼像の次に古い仏像だという。一番顔がきれいだったのは、来迎印の阿弥陀如来だった。4体の仏像から西大寺の現存しない塔の中に安置されていたと想像されるが、記録にはない。切れ長の目・落ち着きのある表情が印象的だった。

2010年7月31日土曜日

奈良の古寺と仏像展③(アフロな仏)


五劫思惟阿弥陀如来は奈良の「五劫院」の特別開帳にて拝ませていただいたが、阿弥陀定印の印相だった。この阿弥陀様は合掌しているが、図録を見ると21億6千万年の修行後に思惟を終えた姿だという。東大寺鎌倉時代の復興に尽力した重源上人が中国から伝来した仏像と伝えられいるが、アフロの様な髪型でもあり親しみがもてる。また再会したい仏像だ。

2010年7月27日火曜日

奈良の古寺と仏像展②(味のある仏像)



奈良時代前期に作られた観音菩薩立像はあどけない童子のような面差しが印象的だ。なんとも味のある仏像である。図録を読むと頭部が像高の約四分の一あると書かれている。そのためどこかマンガ的な風貌だと感じた。二重まぶたも印象的だった。金堂の薬師如来の脇侍月光菩薩とと呼ばれていたが、白鳳仏の薬師如来と明らかに作風が違う。法隆寺には観音菩薩(伝日光菩薩)も残されているという。秋にまた再会したいものだ。

2010年7月26日月曜日

奈良の古寺と仏像展①(アルカイックスマイル)


先週の土曜日日本橋の三井記念美術館で「奈良の古寺と仏像」展に行ってきた。きれいな美術館で珠玉の仏像がところ狭しと展示されていた。

特に金銅仏の展示室は照明もよく効果的に仏像が光の中に浮かび上がるような展示だった。金銅仏では法隆寺の菩薩立像がよかった。高さ56センチだが迫力があり、宝冠をかぶったアルカイックスマイルが印象的だった。中国の北魏仏の影響だという。若いころ訪ねた中国の石仏を思い浮かべた。