2010年8月28日土曜日

上野で運慶大日如来に出会う

本日上野の東京国立博物館(東博)にこの猛暑の中運慶の大日如来を見に行った。あのニューヨ-クのオークションに出されて話題になった仏像だ。東博の本館の12室に二体の運慶の大日如来が9月12日まで特集陳列されているとのことで、U案内人と出かけた。東博の11室にも仏像関連の展示がされており、菩薩立像などすばらしい作品に二人とも興奮気味だった。いよいよ12室の大日如来に胸の高まりを抑えつつ向かった。大日如来像は像高61.6センチで髻が以前見た浄楽寺の脇侍に感じが似ている。豊かなボリューム感のうちに、きつく結い上げられた髪の毛の質感まで感じられる。部屋のなかの小冊子にちょうど浄楽寺の脇侍の髻の写真がありU案内人は興奮しながら見比べていた。ふたりで玉眼の視線を探すため、大日如来の前でかがみこみ表情の移ろいを眺めていた。展示ケースからの鑑賞のためよく解らなかったが、結跏趺坐したふくよかな足の裏やふくらはぎは指で押したらへこみそうな質感が表現されている。そのあと二体目の運慶の大日如来である光得寺の大日如来を見てその場を後にした。お昼にうなぎ屋に寄り運慶話に盛り上がり帰路についた。

2010年8月20日金曜日

願成就院

平成20年7月に伊豆の願成就院を訪問した。法要が終わり、拝観料を払いお堂の中に入る。中央に阿弥陀如来坐像、右に毘沙門天立像、左に不動明王立像と制吨迦童子立像と矜羯羅童子立像が居られた。自然に合掌できた。阿弥陀如来は、損傷が激しいが、これぞ仏像ニューウェィヴといえる。気流のように渦巻く衣文は平安後期の仏像にない過激な表現だ。
運慶作の脇侍(観音・勢至菩薩か)があったとのことだが今は失われている。向かって右の毘沙門天は写真で見るよりは小さかったが、いかにも強そうで、それは運慶が出会った東国武士たちの、理想化されたお姿だ。左手に宝塔をかかげ、右手に戟を執り、右脚をやや開き気味に立つ毘沙門天。おっとりと構えた平安後期の多くの毘沙門天と異なり、戦闘体勢をとっているかのような緊張感に溢れている。私が注目したのは、毘沙門天のお顔だ。ギョッロットした眼でこちらを睨みつけ、おそらく運慶が接した多くの東国武士の面影が投影されている。向かって左の不動明王と制吨迦童子立像・矜羯羅童子立像だ。不動明王は剣も羂索も胸の高さまであげ、それによって制吨迦童子・矜羯羅童子のいる空間が生きてくる運慶の計算された技法だ。矜羯羅童子はテレビでフィギアースケートの真央ちゃんに似ていると言っていたが、どこかにいそうな子供のあどけない表情が印象的だ。逆に制吨迦童子は今にも走り出しそうな元気な子に見えた。この二童子の製作が後に高野山の八大童子につながっている。運慶は奈良の円成寺のあと10年後にこの諸像を作るのだが、円成寺の大日如来よりずっと運慶らしく、ここで運慶なるものが始めて生まれたのではないかと、願成就院から帰る道すがらU案内人と語りあった。



2010年8月10日火曜日

あいたた観音


兵庫県加古川の鶴林寺に参拝した。鶴林寺は播磨の法隆寺と呼ばれ聖徳太子の立像もあるという。境内には三重塔や見事な鐘楼があり、太子堂やら常行堂などが立ち並んでいた。本尊は薬師如来だが秘仏であり平成9年にご開帳があり、この次は65年後とのこと残念であった。TV見仏記で紹介されていた「ウインクする十二神将」が新薬師堂にあるというので先に見ることにした。目指す「あいたた観音」は宝物館にあるので入館した。宝物館には釈迦坐像、獅子乗り文殊、像乗り普賢があった。わざとすぐ「あいたた観音」のある部屋には行かず盛り上がったところで向かった。「あいたた観音」は盗み出して溶かそうとした泥棒に「あいたた」と言ったそうで、その人間離れした美しい容姿からは想像出来ない庶民性を帯びている。白鳳期の金銅仏は八頭身の細身でありながら頬はふっくらと張り、唇の端をゆったりと上げてたおやかに微笑んでいる。太子堂の壁画のことを係りの女性に聞くと見られないが五木寛之の「百寺巡礼」ビデオで見れると親切にその場で上映してくれた。「あいたた観音」の微笑みを目に刻んで、鶴林寺をあとにした。

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摂津の美女丸伝説に彩られたお寺


昨日攝津川西市の満願寺を訪れた。見仏記で紹介されていたお寺で団子鼻の薬師如来やモアイ像のような聖観音がおられるとのこと。この満願寺は奈良時代創建だが、多田源氏ゆかりの地で美女丸伝説が残されている。
ご本尊の千手観音は秘仏で年1回しかみれないので、本堂に案内の方にあけていただき中に入った。中は薄暗く明かりも控えめなため、目が暗さになれるまでしばらく待つ。中央には本尊がおられるが、厨子が閉じられていてお前立ちが安置されていた。右手の仏像に近づくと薬師如来が居られた。暗がりの中目を凝らしてみるとたしかに団子鼻だ。私の興奮のボルテージがいっきにあがった。よく見ると厨子の周りに置かれている四天王も目がやたらに大きい。
例のモアイ像はどこにと案内の礼儀正しい男性に尋ねるわけにもいかず、パンフレットの写真の毘沙門天の安置場所を聞いた。案内の方がこちらへどうぞと毘沙門堂の中に招きいれていただいた。これまた薄暗く毘沙門天のお顔もよく判別できない。右手に進むと例のモアイの聖観音は居られた。左手に蓮華を持たれる立ち姿は優美だがやはり少し顔が大きいように見えた。あとで買った図録を見るとモアイには見えないが薄暗い堂内の効果かもしれない。図録には千手観音の写真も載っており、いつか友人とご開帳のおり訪ねたいと思った。

2010年8月8日日曜日

仏像クラブ現地レポート播磨編②


兵庫県小野市の浄土寺に参拝した。西日が差す頃が一番よいと言われるが、
日程の関係で昼前の訪問となった。神社もある神仏習合の境内は、のんびりと静かでおもしろい顔の狛犬があったので写真に収めた。お堂に入ると私は言葉を失った。5メートルの丈六阿弥陀如来に圧倒された。快慶の国宝だが、観音・勢姿と三尊が残っているのは奇跡的だ。どれも完璧なプロポーションで、しかもアニメ世代にさえ通じるようなヒーローの顔をしている。鎌倉仏師の技の粋がそこにあった。しばし呆然と立ちすくんだ。雲の表現も素晴らしく、飛行機の窓から風に吹かれる雲を見ているかのごとく、それは三尊の足下から噴きあがっていた。来迎の状態を一瞬に、そして永遠にとどめようとした快慶の力量を感じた。私は腰が抜けてしまい、その場に座り込み飽くことなく阿弥陀三尊を見つめていた。しばらく座っていると曇りがちな空に日が差してきたのか堂内が明るくなってきた。光の加減で阿弥陀たちがかすかに動くように感じた。巨大な仏像の背後には細かい格子戸があり、そこから日の光が差すことによりそう感じる。すごい仕掛けだ。私は時間を忘れて阿弥陀の世界に没頭した。

2010年8月7日土曜日

仏像クラブ現地レポ播磨編①

今日は兵庫県姫路の円教寺と大子町の斑鳩寺を参拝した。うだるような暑さの中ロープウェイで書写山に上がり山道の参道を登りやっと大講堂についたが、本尊の釈迦三尊は格子の隙間からほのかに見えるだけで秘仏であり外陣からの参拝だった。気を取り直して午後は斑鳩寺に向かった。聖徳太子ゆかりのお寺で、仁王門の仁王が顔が大きくユーモラスだ。案内のご婦人に収蔵庫を開けてもらうと中には鎌倉時代の仏像がところせましとおいてあった。日光月光菩薩と十二神将は鎌倉時代後期の作で、快慶一門の作風に通じるところがあると見た。日光・月光はまとまりのある体と巧みな衣の表現が特徴的だ。明日はアイタタ観音と快慶の阿弥陀三尊だが晴れることを期待している。

2010年8月6日金曜日

山田寺の仏頭

奈良興福寺にある山田寺の仏頭は私の好きな仏像のひとつである。白鳳期の名作であり、山田寺から半ば強引に興福寺に移され現在国宝館に安置されている。目鼻立ちが涼しく、蘇我と藤原の確執を知らぬ顔の大らかなお顔だ。

2010年8月5日木曜日

携帯テスト


携帯からの投稿テスト
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山崎 陽一
 
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2010年8月3日火曜日

奈良の古寺と仏像展⑤(如意輪の色気)


元興寺の如意輪観音は鎌倉時代に造られた仏像だがなんとも色気がある。高く結い上げた髻(もとどり)には 丁寧に髪筋を刻み、俯きかげんに少し下を向いた顔には、切れ長な目やくっきり引き締まった鼻や口元に気品が漂う。昨年大阪河内で会った如意輪観音にほ遠く及ばないが、気品と色気を感じる仏だった。奈良に何度も訪れていても、近鉄奈良駅から近い元興寺にはつい足を運ばなかった。いつか訪れて再会したいものだ。

2010年8月1日日曜日

仏像クラブ活動報告(北鎌倉のセーラムーン)


平成21年の初春に仏像クラブで北鎌倉を訪れた。まず最初に訪れたのは「縁切り寺」で有名な東慶寺だ。お目当ては「水月観音半跏像」だ。像高わずか34cmの観音様だが、普段は水月堂の円窓の中に祀られており、予約しないと拝観できない。今回は特別展が開かれており松ヶ岡宝蔵でお目にかかれるとのこと。鎌倉一の美仏といわれており、優美に座すお姿を拝するだけで心が洗われる。アニメのセーラムーンのような飾りを宝冠からおろしているのがなんともほほえましい。特別展が開催されない紅葉の時期にでも円窓にいらっしゃる観音様にまた会いに行きたいと思った。


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奈良の古寺と仏像展④(4人揃い踏み)


西大寺の塔本四仏像が揃って見られるのは20年ぶりだという。私も昨年の夏西大寺を訪れたが、あの四天王の邪鬼像の次に古い仏像だという。一番顔がきれいだったのは、来迎印の阿弥陀如来だった。4体の仏像から西大寺の現存しない塔の中に安置されていたと想像されるが、記録にはない。切れ長の目・落ち着きのある表情が印象的だった。