2016年9月25日日曜日

平安の秘仏展②(田村毘沙門天)

本尊を拝観したわれわれ仏像クラブの面々は思い思いに他の仏像を拝観するこ
とになった。私は音声ガイドの順番通り展示番号2の毘沙門天像を拝観した。音声ガイドとみうらじゅん・いとうせいこうの櫟野寺仏像トークを聞きながら毘沙門天をじっくり鑑賞した。お寺での拝観の時とはことなりLED照明に照らされた毘沙門天はやたらかっこよかった。この毘沙門天は通称「田村毘沙門天」と呼ばれていて、蝦夷征伐で名をはせた征夷大将軍坂上田村麻呂の発願で鈴鹿の賊を退治した御礼に作ったといわれている。見仏記の中で前の御住職が「袖の下を絞っていないと山の中を歩けん」という説明にやけに説得力があることを仏像を見ながら思い出した。怒りにこわばらせた表情、立派な体格、堂々とした立ち姿は観音像が多い展覧会場にあってひときわ目を引いた。後で購入した図録に掲載したうしろ姿でこの像が太く立派なのには驚かされた。これは中国・唐時代の流行で比叡山根本中堂にも「身の太き者」といわれる毘沙門天があったといわれており、この仏像もその影響を受けているとのこと。古くからの比叡山とびわ湖の対岸にある山里の櫟野寺との交流に思いを馳せながら音声ガイドにそって次の仏像を拝観した。

2016年9月22日木曜日

平安の秘仏展①

今週の日曜日仏像クラブで東博で開催されている「特別展平安の秘仏滋賀櫟
野寺(らくやじ)の大観音とみほとけたち」を鑑賞してきた。櫟野寺は忍者の里で有名な滋賀県の甲賀市にあるお寺で、私も以前、御開帳のおり参拝したが、白洲正子のいう「かくれ里」に20体のほとけがひっそりと祀られている印象をうけた。会場に入るとどんと目の前に大きな十一面観音が展示されていた。台座をあわせると5メートルを越える日本一の十一面観音で、仏像クラブの面々もさまざまな表情をしている頭上面に興味を覚えたらしく興味深く鑑賞していた。十一面観音を囲むように19体の仏が取り囲んでおり、平安時代前期の坂上田村麻呂が戦勝のお礼に造像した田村毘沙門天や2メートルを越す薬師如来から地方色豊かな「甲賀様式」な観音まで飽きさせない展示に大満足な仏像クラブの面々だった。


2016年9月17日土曜日

三重の美仏⑦(蓮光院初馬寺の阿弥陀如来)

三重最終日に泊まった温泉つきホテル「ドーミイン津」で朝風呂と朝食をすませて
、すぐ近くにある「蓮光院初馬寺」に向かった。早朝八時過ぎだったが予約してあったので収蔵庫を開けてもらった。蓮光院初馬寺は聖徳太子ゆかりのお寺で非常に歴史があるお寺だ。ご本尊の馬頭観音は秘仏で見れないが平安前期の傑作大日如来と平安後期の秀作阿弥陀如来を拝観した。肉付きの厚い胸をピンと張り、どっしりとした姿を見せる大日如来もよかったが、私は圧倒的に寄木造の阿弥陀如来がよかった。衣の彫りは浅めで動きが少なく、全体的に穏やかな印象を受けた。写真家の土門拳の弟子にあたる藤森武氏もこの仏像に注目しており、「2013年国宝カレンダー」にとりあげているのをお寺の方に教えていただいた。ビルの谷間のお寺でこのような名仏に出会えるとは思っていなかったので三重の歴史の深さを感じつつお寺をあとにした。

2016年9月10日土曜日

三重の美仏⑥(朝田寺の地蔵菩薩)

亀山を出て松阪での昼食後向かったのが、東松阪の朝田寺だ。みうらじゅんの
東海美仏散歩には駅から徒歩30分と書かれていたが、とんでもなかった。行けども行けどもお寺らしき建物も見えない炎天下を歩き続けた。やっとの思いで寺にたどりついたのは1時間ぐらいたってからだった。朝田寺の地蔵菩薩のことを知ったのは井上正氏の古佛だった。そこにはここで掲載した顔面のアップがのっていたのだがその強烈な印象にやられっぱなしだ。本堂に入ると地蔵盆の最中で読経が流れていたので、ご遺族の邪魔にならないよう脇に控えておわるのをまった。平安前期につくられた地蔵菩薩で古式の白檀の代用材カヤの一木造で豪快なクスノキの蓮華座にたっている。神護寺の薬師如来にみられるような畏敬を感じる地蔵菩薩といわれているが、私が見る限りでは穏やかな優しいお顔に見えた。お寺の方が気がついていただいて、寺院内の仏像を説明案内してくださった。どれも平安前期の古仏ばかりで寺の歴史を感じさせた。丁重にお礼をいいまた徒歩で駅まで向かった。朝田寺は伊勢の歴史を感じさせる古刹であった。

2016年9月3日土曜日

三重の美仏⑤(近長谷寺の十一面観音)

太江寺の千手観音を見てから伊勢神宮に参拝し、昼食後デザートに赤福氷をい
ただいてからタクシーで同じくご開帳している近長谷寺に向かった。覚悟はしていたが駐車場でタクシーを降り、急坂を200メートル登った。ここで思いもかけないやぶ蚊の攻撃にさらされながら、本堂へと向かった。地域の当番の方に拝観料を払い本堂の中に向かった。ここ近長谷寺は奈良の長谷寺、鎌倉の長谷寺とともに日本三観音のひとつに数えられる。奈良が10メートル鎌倉が9メートルの像高に対し6メートルの威風堂々とした観音様だが、右手に錫杖(しゃくじょう)左手に水瓶(すいびょう)を持つところは奈良の長谷寺と同じだ。奈良・鎌倉のように金箔では覆われておらず、神木を使用した一木造りで制作年代は885年と最も古い。他の長谷観音と同様後世に補修が加えられ顔の表情が変わったといわれているが、神々しさと大迫力で私にせまってきた。当番の方に案内をこい智拳院を結んだ平安中期の大日如来を見せてもらい、お寺をあとにして待たせているタクシーの駐車場までやぶ蚊と戦いながら降りていった。